梅林坂 天神様ゆかりの春告草

受験シーズンの真っ只中の2月。今回は学問の神様として祀られている菅原道真にゆかりの深い木をご紹介します。
東京都千代田区、皇居の東側に位置する皇居東御苑には「梅林坂」というその名の通り梅の木の名所があります。旧江戸城本丸に向かって緩やかに続く梅林坂には約70本の梅が立ち並び、歴史ある石垣と相まって美しい風景を生み出しています。始まりは江戸城を築いた太田道灌が菅原道真を祀ってこの辺りに梅を数百株植えたことと言われ、現在の木々は皇居東御苑の開苑に向けて昭和42年に植えられました。
菅原道真は梅をこよなく愛したと言われ、5歳にして梅の美しさについて詠った歌が残されているほどです。太田道灌がこの地に建立した天満宮は徳川家康の入場後に場所が移されていますが(現在の麹町・平河天満宮)、天満宮には欠かせない梅の木は今も変わらず梅林坂で咲き続けています。
ここでは12月の早咲きから3月の遅咲きまで、長い期間さまざまな種類の梅を楽しむことができます。今の時期は白梅から紅梅まで淡いグラデーションが美しく、この一帯だけ明るく感じられるほどの華やかさでした。
現在ちょうど皇居東御苑の目の前にある国立公文書館で、太田道灌と江戸にまつわる史料の展示が行われています。江戸城が築かれる前後の歴史や天満宮建立当時の様子を窺い知ることができ、梅林坂の風景もより一層味わい深く感じられるのではないでしょうか。

ロウバイ 艶やかな春の便り

日本列島を記録的な寒波が襲い、葉を落とした冬木が一層寒々しく感じられる今日この頃。新宿御苑では一足早く春の香りを運ぶ黄色い花が見頃を迎えていました。

艶やかな花びらが特徴のロウバイです。
ロウバイ(蝋梅)という名の由来は、蜜蝋のように光沢のある花から梅に似た香りがするからとも、陰暦の朧月(おぼろづき、ろうげつ)に咲くからとも言われています。英名ではWinter sweet、その名の通り足元にまだ雪が残る新宿御苑でも、ロウバイからはふんわりと甘い香りが漂っていました。
苑内では、花の中心が褐色がかった紫色をしているロウバイの基本種と、黄色一色のソシンロウバイという種類が見られます。
基本種は花びらが細長く、ひらひらと繊細な印象。対してソシンロウバイは花びらが丸く、ころんとした可愛らしい形をしています。
低木で花はやや下を向いて咲くため、種類による花の違いや、うっすらと光が透ける花びらを目の高さで楽しめます。
ロウバイの見頃は2月中旬頃まで。
芳しい香りと蝋細工のような艶は、春はもうすぐそこと、私たちに知らせてくれているようです。

上野恩賜公園 春を待ちわびるジュウガツザクラ

今年、最初にご紹介するのは、新春にふさわしい華やかな一本です
深まる寒さに春が待ち遠しい季節ですが、春を告げる花といえばサクラ。一般にサクラといえば3〜4月が見頃のソメイヨシノやシダレザクラを指しますが、今の時期にも花をつけている種類があるのです。
上野恩賜公園で見つけたのは、八重咲きの小ぶりな花が可愛らしいジュウガツザクラです。
ジュウガツザクラは、その名の通り10月頃から咲き始め最初のピークを迎えたのち、4月に再度見頃を迎えるサクラです。春よりも10月〜の開花期間が長く、また花びらの色も濃いのが特徴です。
今の時期はちょうど開花期の狭間にあたりますが、その間もジュウガツザクラは断続的に小さな花を咲かせ続けます。
次に見頃を迎える春を今か今かと待っている姿には、楚々とした日本的な美しさがあります。まばらとはいえ枝全体を覆う薄紅色の花は寒空の下で一層華やかに感じられ、道行く人々の視線を集めていました。
つい背中をまるめて早足で歩いてしまう寒さですが、小さい春を見つけながら心豊かに乗り切りたいものです。2018年も皆様にとって実り多き一年になりますように。今年もどうぞよろしくお願い致します。

メタセコイア 生きている化石の移ろい

今年も残すところあと40日。寒波とともに年末の慌ただしい雰囲気もひしひしと感じるこの頃ですが、そんなときこそ自然に目を向けてホッと心を落ち着かせたいものです。さて今が最盛期の紅葉ですが、今回はこれから見頃を迎える木をご紹介します。
メタセコイアという木をご存知でしょうか。はじめ日本を含む北半球の各地で化石として見つかり、その後中国で現生種が発見された「生きている化石」です。メタセコイアの名は、化石を発見した植物学者、三木茂によって「(常緑針葉樹の)セコイアに似ているが異なるもの」という意味で1941年に命名されました。日本の気候によく合い、高いもので30mを超えるほどに成長する針葉樹です。
名前の由来であるセコイアしかり、マツやスギなど針葉樹は秋になっても青々とした葉を保っているイメージがありますが、日本には紅葉して葉を落とす針葉樹が4種類ほど存在します。メタセコイアはそのひとつ、12月中旬にかけて細長い羽状の葉が赤茶色に染まるのです。葛飾区の水元公園には、なんと1800本を超えるメタセコイアが立ち並び森をなしています。そこに一歩足を踏み入れると、針葉樹ならではの深さのある樹冠に細かく密集した葉がわっと視界を覆い、まっすぐ伸びる幹が視線を上へ上へと導きます。化石で見つかった植物が季節を追って変化していく姿を見ると、壮大な時間の流れの中にいるような不思議な気分になります。見慣れた紅葉とはひと味違うメタセコイアの森に、足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。

旧乃木邸 栄光のシンボル月桂樹

10月も終わりとなるこの週末、2020年の東京オリンピック開幕までちょうど1000日を迎えます。今回はオリンピック発祥の古代ギリシアに縁のある樹木のお話です。
古代ギリシアでは、神々を崇めるために各地でさまざまな祭典が行われていました。オリンピックの起源であるオリンピア競技祭典を始め、スポーツだけではなく詩歌の朗読や音楽の演奏に至るまで、幅広い分野の競技が記録に残っています。
各祭典の勝者には、それぞれの神殿の神木の葉を用いた冠が贈られたといいます。その中で、芸術の神アポローンを称えるピューティア大祭の勝者に贈られたのを起源に、現在では勝利や栄光のシンボルとされているのが月桂樹です。
陸上競技の優勝者の冠やトロフィーなどにあしらわれている長楕円形の葉、もしくは料理に使われるベイリーフ/ローリエと聞けば馴染みがあるのではないでしょうか。
日本には明治期に渡来した月桂樹ですが、都内では意外な場所で目にすることができます。

 

 

 

東京都港区乃木坂。アイドルグループの名称にもなった地名(汎称)の由来である旧乃木邸-明治期の陸軍大将、乃木希典の邸宅-の庭に、乃木大将手植えの月桂樹があります。公園として整備されている敷地内には、月桂樹の他にもハナミズキやサクラなど様々な樹木が植えられていますが、それらに比べると月桂樹は幹が細く枝も直立して横に広がらないため、樹形としては控えめな印象を受けます。しかし硬く厚みのある葉は秋になると暗褐色の深みを増し、多くの木々の中でも埋もれない存在感を放っています。大ぶりで派手な木ではありませんが、古代ギリシアから私たちの食卓まで太いつながりをもった樹木なのです。